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2005年度卒業研究 (2006.3)
 
 「核磁気共鳴装置の建設と
   応用エレクトロニクス」

      
2005年度 卒業研究生 
      川上武志,清原義康,高須賀将志,高橋 勉,
      田代圭太,八谷優,松隈直也,米村大喜,大塚幸典,
      中田修平,長尾秀紀,吉田孝祐,金氏安輔,稲永隆
                 以上14名  
(善明研と合同)


                善明先生と2005年度卒研生 (2006.3.25)



      卒業式の日,研究室のコンパ

§1.序論
 
電子情報工学科においては,教育内容はエレクトロニクス関係と情報関係に分かれます.当研究室の卒業研究はエレクトロニクスを主な対象としています.エレクトロニクスの基礎理論は授業で習いますが,それだけでは実際の回路を作ることはできません.そこで自分自身で回路を製作し,できあがった回路の性能をチェックする過程でエレクトロニクスの知識を深め,自らの力量を高めるのが卒研の目的です.
 同時に研究室の主要な実験手段である核磁気共鳴(NMR)について勉強し,いくつかの部分を自作します.基本的に前年度と同じテーマですが,2005年度は応用エレクトロニクスにより重点を移しました.
 卒業研究は研究グループを作っている善明和子研と合同で行います.具体的には,次のようにゼミとエレクトロニクス製作からなります.
1.ゼミ
 エレクトロニクスと磁性と核磁気共鳴の基礎理論の2種類のゼミを行います.
 *核磁気共鳴の理論:善明和子
 *藤井信生「アナログ電子回路」:久保英範
   これは優れたアナログ電子回路の教科書です.これを1年間かけてゼミで一冊読みます.
2.エレクトロニクス製作
 エレクトロニクスを実際に製作できるように,
 (1)基礎エレクトロニクス,
 (2)核磁気共鳴装置の建設,
 (3)応用エレクトロニクス
の三段階で実際に製作します.この中でNMR装置建設は共同ですが,基礎エレクトロニクスは全員が同じテーマで,応用エレクトロニクスは各人がそれぞれ別個のテーマで取り組みます.
3.コメント
 1年間頑張ればエレクトロニクスの経験が全くない学生でもかなりな力量が付きます.しかし,さぼっていれば1年間という時間があってもエミッタ接地増幅回路すらまともに作れません.エレクトロニクスでは実践が重要です.実際に手を動かして頑張る人が良い成果を上げます.成績はそれほど関係ありません.

§2.基礎エレクトロニクス
 卒研生は回路製作の経験がないものと仮定し,基礎エレクトロニクスとして初歩から回路製作を試みます.課題は次の4テーマです.1つのテーマが終わるたびにレポートを出して次の段階へ進みます.全員がそれぞれ4テーマをこなします.頑張れば1ヶ月もあればすべて遂行できますが,さぼるといつまでもできません.半年もすれば技量の優劣がはっきりしてきます.その学生の理解能力ではなくて努力の程度を反映します.
.エミッタ接地増幅回路
 エレクトロニクスの最初の課題はエミッタ接地増幅回路です.このエミッタ接地増幅回路はあらゆるエレクトロニクスの基本ですから,電子回路の講義で習ったバイアス回路や交流信号増幅の理論と実際回路の比較をしながら回路製作の技術を身につけます.実際にうまく動作しないとき,講義でならった知識を応用し,どこに問題があるのかを自分自身の力で対応できるようになれば良いのです.このエミッタ接地増幅回路の製作で,トランジスタなどのデータブックの見方や半田の付け方など,エレクトロニクスのいろいろな初歩的事項も身につけます. 
2.OPアンプ(μA741)の低周波増幅回路
 次にμA741を用いてOPアンプによる低周波増幅器を作ります.μA741というのは今や古典的OPアンプと言うべき存在ですが,アナログ回路の基本として製作します.回路に書いていない部分も含めてICの取り扱いに慣れます.
3.バイポーラトランジスタとICによる無安定マルチバイブレータ
 パルス回路の基本である無安定マルチバイブレータをトランジスタとICを用いて作ります.無安定マルチバイブレータの動作はエレクトロニクスの基本の一つであり,その原理はさまざまな応用があります.特にコンデンサの充放電とトランジスタの動作の実際を理解します.また実際回路で用いるIC(555)を用いてマルチバイブレータを作ります.トランジスタによるマルチバイブレータに比べると,ICを用いたマルチバイブレータがいかに高速で動くかを実感できます.
4.ゲート接地高周波増幅回路
 以上を,こなせば初歩的回路は制作できるようになります.基礎エレクトロニクスの仕上げとしてFETを用いたゲート接地で高周波増幅回路を作ります.エミッタ接地増幅回路やマルチバイブレータは接続さえ間違えなければ動作しますが,高周波回路は回路図に示されないいろいろな配慮が必要です.従って,同じ回路で同じパーツを使っても,発振してしまったり,増幅しても得られた利得は学生によってずいぶん異なる結果となります.実際にコイルを巻くという経験もします.
 ゲート接地の高周波増幅器が一応出来るようになると,回路製作に必要な最低限の事項を身につけたことになり,基礎エレクトロニクスは完了となります.2005年度の前期には全員が基礎エレクトロニクスをこなし,後期には応用エレクトロニクスに取り組みました.

§3.核磁気共鳴の原理と装置の建設
 2005年度の核磁気共鳴装置としては高周波増幅やパルス発生回路を作りました.しかし,状況を見て応用エレクトロニクスに重点を移し,全員で核磁気共鳴信号の観測に取り組むことは取りやめました.この項に関する内容は2004年度の卒業研究欄を見てください.

                              
§4.応用エレクトロニク
 
基礎エレクトロニクスの成果を元に後期には,各自が希望する応用エレクトロニクス回路を製作しました.2005年度に製作したのは次の5テーマです.
 
1.PLLを用いた周波数シンセサイザ回路 高須賀将志米村大喜長尾秀紀
 2.オーディオアンプ   松隈直也八谷優
 3.広帯域のAMおよびFMラジオ  大塚幸典川上武志,中田修平,稲永隆
 4.デジタルアンプ  吉田孝祐高橋 勉
 5.ワンチップマイコンPICを用いた応用回路  清原義康,田代圭太,金氏安輔

1.PLLによる周波数シンセサイザ

 PLL(Phase Locked Loop,位相ロックループ)の動作原理は次の通りです.まず,2つの高周波入力を位相比較器へ入力します.位相比較器では2つの入力の位相を比較し,差に応じた信号を出力します.出力を低周波フィルターに通して低周波の電圧とし,この電圧を制御電圧としてVCO(電圧制御発振器)で発振周波数を変化させます.この出力を再び位相比較器に入力し,両者の周波数を一致させるというものです.
 一方の入力に周波数の変化が少ない水晶発振器の入力を加えると,この水晶発振器と同じ程度に安定した周波数を得ることが出来ます.
 またこの回路の中に1/n倍あるいは1/m倍という分周器を加えておけば,nとmを変化させることによって任意の周波数を得ることが出来ます.最近のデジタル回路では分周器は容易で,たくさんのICが市販されています.
 今年実際に作ったのは
   1.10kHz〜125kHzのシンセサイザー
   2.1Hz〜10MHzのシンセサイザー
   3.50〜100MHzのシンセサイザー
です.1の低周波のシンセサイザーが基本です.どれも遠坂俊昭著「PLL回路の設計と応用」(CQ出版社)に載っている回路です.実際に自作した回路の写真は以下の通りです.
 今年は1と2のシンセサイザは期待通りに完全に問題なく動作しました.しかし,3の100MHzシンセサイザーはうまく動きませんでした.何故かVCOがうまく動かず,解決できないままに,残念ながら,途中で時間切れとなりました.やはり高周波はそう容易ではないようです.

 周波数シンセサイザ,1Hz〜10MHz (高須賀君製作)

2.オーディオアンプ
 身近なエレクトロニクスとしてオーディオアンプがあります.出力の小さい手軽なアンプは専用ICを用いれば簡単に製作できます.しかし,卒研として100Wクラスの大出力アンプをトランジスタで作ることを目標としました.その第一段階として10Wクラスのアンプを作りました.
 実際に作った回路の写真を示します.この回路でいくつか勉強しました.
 第一に,プッシュプルのアンプで,歪みが出ないようにするためのレベルシフトの回路です.よく知られているようにプッシュプルでプラスとマイナスの波形を別々のトランジスタで増幅するとどうしても歪みが生じます.このいわゆるクロスオーバー歪みを防ぐためにレベルシフトのバイアス補償回路で歪みを押さえます.オシロスコープで波形を観測する限り歪みは無く,きれいな正弦波出力が得られました.第二に,トランジスタの放熱です.大出力アンプではトランジスタが出す熱をうまく放熱しなければいけません.10Wクラスでは空冷の放熱版を取り付けることで問題なく解決しました.
 実際に出来たアンプは10Hz〜100kHzの周波数帯域で8W以上のアンプが出来ました.少し出力が小さかったのですが,ほぼ目標通りの結果が得られました.
 次に100Wクラスのアンプを目指したのですが電源回路が非常に大きくなるため,30Wクラスに切り替えました.実際に作った回路は20Wくらいしか出力が出ず不十分な結果でしたが,オーディオのパワーアンプについて認識を深めました.

  オーディオアンプ(10W) (松隈君製作)

3.広帯域AMおよびFMラジオ
 
広く見られる一般的なエレクトロニクスがラジオです.大きく分けて,中波のAMラジオ(0.54-1.6MHz)とFMラジオ(76−90MHz)があります.卒研では,これらの2つのラジオの受信に加えて1.6MHz〜76MHzの短波領域の広帯域での電波の受信を目的としました.
1.ストレート方式アンプ
 まず,市販されている専用ICを用いてAMラジオを作りました.一番簡単なのはストレートアンプ形式のLMF501というICを使ったラジオで,回路は非常に簡単です.オーディオアンプ部は同じく専用ICであるTA7368Pを用いました.回路は簡単ですがそれでもいくつかのラジオを受信できました.
2.スーパーへテロダイン形式のラジオ
 次の段階として,スーパーへテロダイン形式のラジオを作りました.一つは専用ICを用いた回路で,もう一つは真空管による回路です.研究室はコンクリートの中なので電波の具合が良くないのですが,専用ICを用いた回路ではほとんどのAM放送を受信できました.一方,4年生が真空管のラジオを作り上げたのは驚きました.今から40年ほど前の真空管を用いたアンプです.写真を示しますが4年生とは思えないほどのきちんとした配置で配線なども立派です.
3.FMラジオ
 FMラジオは周波数が高いためにきちんと作らないと発振してうまく動作しません.しかし,専用ICTA2003Pを用いてFM放送を受信できるラジオが出来ました.また周波数範囲を広げてテレビのch1とch3の音声が同じく受かりました.
4.短波放送
 最後に1.6〜76MHzの周波数帯域のラジオを試みました.実際に製作したのは10MHz付近の周波数帯でLA1260というICを用いて製作しました.10MHz前後ではかなり感度よく短波放送を受信でき,中国語などの外国の短波放送を受信できました.ただ残念ながら全周波数帯域を受信できるまでには至りませんでした.しかし,高周波回路に必要な技術を身につけることが出来ました.

真空管によるヘテロダインラジオ受信機 (川上君製作)
    FM受信機 (大塚君製作)

4.デジタルアンプ
 デジタルアンプ(別名,D級増幅器)は電力効率が良く,大電力の低周波増幅回路に適するという特徴を持っています.しかし,その一方でノイズが発生するという欠点があります.
 デジタルアンプは3つの部分からなっています.第一に低周波のアナログ信号をパルス幅の差に変換します.パルス幅変調(Pulse Width Modulation)と呼びます.このために入力のアナログ信号と三角波を比較します.第二にパルスを電力増幅します.このパルスの増幅はトランジスタのスイッチング動作を利用します.コレクタ電流かコレクタ−エミッタ間の電圧か,どちらかがゼロであるためにトランジスタは電力を消費しません.このために大電力でも放熱が容易です.最後にLC低周波フィルターを用いて増幅したパルスをアナログ信号に戻します.
 このようにデジタルアンプは回路としてのいろいろな要素を含み,実際動作をオシロスコープで観測するとなかなか楽しい回路です.昨年はパルス幅変調に苦労しましたが,今年はうまくクリアしました.最終的には回路は期待通りに動作しましたが,それでもやはり得られた出力信号にはどうしても高周波のパルスがノイズとして残り,課題を残しました.

5.ワンチップマイコンPICを用いた応用回路
 家庭の洗濯機に見られるように,最近の電子機器の多くはマイコンを内蔵し,マイコンが全体の機能を制御しています.高級な電子機器は相応に高級なマイコンが内蔵されていて,慣れると便利ですが慣れるまではなかなかうっとおしいものです.
 マイコンを内蔵した一番簡単なワンチップマイコンがPICです.PICは普通のICと同じような大きさで外観なども同じです.そこでこのPICを用いた回路を作ることが目的です.
 PICの回路はソフトとハードの融合です.ハードの知識がなければ必要な回路を作れません.またPICに読み込ませた機能に応じたハードにしなければなりません.ソフトとしては専用の言語が必要ですが,原理は他の言語と同じく if 文などでソフトを書きます.これをマイコンに書き込んでハードの回路を動かします.実際の回路はこのようにいろいろなエレクトロニクスの知識が必要です.そしてこれらを実装できる力量が要求されます.
 PICにいろいろなセンサーを組み合わせると多様な回路ができますが,まず最初にその基本であるLEDの点滅回路から始めます.「スイッチを押せば別の所のLEDが点灯する」という最も基本的な回路です.もちろんこの回路はわざわざPICを使う必要はありませんが,勉強のために最初に取り組みます.
 次にいろいろな応用回路を作ります.今年度に作ったのは次の回路です.
  1.超音波センサーを用いた距離計
  2.さまざまな光のフラッシュ回路と128個の赤色LEDを用いた掲示板
  3.温度センサーを用いた温度計
です.これらの回路はすべて期待通りに動作しました.この過程でハードとソフトの両面からのPICの使い方だけでなく,センサーの使い方,全体を動かす回路の設計など,いろいろな成果が上がりました.

  超音波距離計 (金氏君製作) 
   128個のLEDを用いた掲示板 (田代君製作)
   デジタル温度計(0〜64℃) (清原君製作)

<今年度の卒研生は全員よく頑張りました>
 今年は電子情報工学科の卒業研究発表会の世話人研究室でした.卒研の間際には自分達自身の発表準備だけでなく,予稿集の印刷製本に始まって発表会のいろいろな準備と世話で大変でした.しかし,清原委員長を先頭に,みんなで協力しあって発表会もきちんと運営することが出来ました.
 さすがにみんな疲れたのか,卒研発表会後の打ち上げでは半数が飲み過ぎて酩酊してしまいました.



 
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