<修士>
化合物磁性の核磁気共鳴による研究
福岡工大に大学院修士課程が設置されたのは1993年(平成5年)である.最近の卒業研究のテーマは物性で関係はなくてエレクトロニクス関係にしているが,修士の院生はあくまでも物性が主たるテーマである.修士のテーマを全体として要約すれば「化合物磁性の核磁気共鳴による研究」ということになる.今までそれぞれの時代の研究の状況に応じて,具体的なテーマを設定してきた.
修士の院生と卒業研究は善明さんと合同で指導してきた.今日に至るまで私と善明さんで指導してきた院生とテーマは以下の通りである.(括弧内は修士修了の年月)
大牟礼弘幸 (1995.3)
化合物磁気混晶の核磁気共鳴による研究
いくつかの化合物の中に少量の不純物を加えた場合,その周辺でどうなっているのかをNMRで調べた.その中でCo1−xMnxCl2・2H2O系についての結果は次のようになる.
(1)X<<1のとき,MnモーメントはCoと同じ向きを向いていること,
(2)x=0.1付近ではMnモーメントが大きく揺らぎ,サテライトラインが消滅すること,
(3)55Mn核のNMRでは温度上昇と共にNMR周波数が大きくなるという常識とは反対の結果が得られた.
特に(2)と(3)の結果は興味ある結果であるが,現段階でその理由ははっきりしない.
西川鋼一 (1997.3)
プロトンNMRによる蟻酸マンガンウレアのスピン構造
蟻酸マンガンウレアの帯磁率は異常な結果を示し,磁気容易軸方向が明らかではない.そこでプロトンNMRによってスピン構造を決めることを目的とした.
プロトンラインは20MHz以下の周波数領域に40本も観測され,非常に複雑なスペクトルとなった.この結果を用いてスピン構造の解析を行った.その結果,スピン方向は結晶軸から大きくずれた方向を向いた準2次元反強磁性体であることが分かった.そして,この2次元反強磁性面が90度ずつ回転しながらc−軸方向へ重なっていくという特異なスピン構造であることを明らかにした.
渋川 亮 (1999.3)
反強磁性MCl2・2H2O(M:Mn,Fe,Co)のプロトンNMRの異常
化合物MCl2・2H2Oは反強磁性体で,4種類の水素の位置も対称の位置にある.この場合プロトンNMRラインは1本が予想される.しかし,磁場を加えない状態でも実際には2本に分裂していることが知られている.そこでこの原因を明らかにするために詳細な実験を行った.
詳細に観察すると,プロトンのNMRラインは2本に分裂した強いラインとさらに弱いラインが2本の合計4本があることが分かった.また外部磁場によるシフトの結果,弱くて一様な磁場が存在していることが分かった.これらの分裂の原因は原子核スピンの双極子磁場と言われているが,かならずしもそれでは説明が付かず,はっきりした原因はいまだに不明である.
平田裕基 (1999.3)
磁気的相互作用が競合するFe1−xMnxCl2・2H2OのNMR
交換相互作用も磁気異方性も競合する混晶系でどのような磁性を示すのかを明らかにすることが目的である.
実際の混晶系ではFe形の反強磁性領域(x<0.4),新しい中間相(0.4<x<0.85),およびMn形の反強磁性領域(x>0.85)に別れることが分かった.NMRスペクトルの解析によって両側の相でのスピン構造ははっきりした.しかし,中間相のNMR結果は複雑であって,単に傾いた状態でもなく,完全なランダム状態でもない.複雑でスピン構造を正確に決定するに至らなかった.
宮川尚士 (2000.3)
準二次元強磁性体(C6H5CH2NH3)2CuCl4のNMR
この化合物はCuイオンによる一連の準二次元強磁性体の一つと考えられる.しかし,この化合物では転移点が2つ観測されており,vortex(渦巻き)形のスピン構造が出来ている可能性がある.そこでNMRによるvortexの観測を目的とした.
低温では非常にたくさんのCl核のNMRラインが観測された.また二種類のCuスピン状態の存在が確認された.残念ながらvortex スピンの存在ははっきりしなかったが,新しいタイプの準二次元強磁性体であることが分かった.
斉藤慶樹 (2003.3)
磁気異方性の競合する混晶CsMn1−xCoxCl3・2H2OのNMR
反強磁性体CsMnCl3・2H2OとCsClCl3・2H2Oは同じ結晶構造を持っているが,磁気容易軸方向が直交している.このように磁気異方性が競合する混晶系では傾いた反強磁性相が生じることが知られる.NMRでこの傾いた反強磁性相のスピン状態をミクロに調べた.
混晶系は3つの相からなり,Mnが多い領域ではMnの容易軸方向,Coが多い領域ではCoの容易軸方向を向いた反強磁性相ができる.中間に傾いた反強磁性相が生じる.傾いた反強磁性相ではそれぞれの磁気容易軸方向を向いた磁区が共存していることを確かめた.またこれらの磁区は外部磁場や温度によって自在に動くことが分かった.このために全体として平均的に傾いた方向を向き,その方向が容易に動くことが分かった.
高原寛幸 (2003.3)
交換相互作用が競合する混晶Co1−xMnxCl2・2H2OのプロトンNMR
混晶Co1−xMnxCl2・2H2Oは交換相互作用が競合するのでスピングラスが期待される混晶である.そこでミクロに揺らぎを調べるために,まず第一段階として,反強磁性体CoCl2・2H2Oに少量のMnを加えると不純物Mnの周辺で何が起こるかを調べた.
純粋なCo系では約18MHzにNMRラインが観測される.Mn不純物が1個だけ孤立している場合には約24MHzにサテライトラインが観測される.Mn濃度を増やしていくと,第一隣接と第二隣接にCoとMnが入った場合の周波数の変化がそれぞれ別個のサテライトラインとして新たに観測された.第一隣接と第二隣接にCoあるいはMnが入る場合には4通りの組み合わせがある.これらのラインのNMR強度の温度変化を測定すると,温度上昇と共に揺らぎが大きくなってやがて消滅する.ラインの消滅の度合いから,その揺らぎはMn−Mn⇒Mn−Co⇒Co−Mn⇒Co−Coの順に小さくなることが分かった.
中井 孝 (2003.3)
蟻酸マンガンウレアのコバルト置換系のプロトンNMRによる研究
蟻酸マンガンウレアは磁気異方性エネルギーが非常に小さいという特徴を持つ.そこで異方性の非常に強いCoイオンを少しだけ混ぜると,強いCoの異方性に引きずられて,モーメント方向が傾くと予想される.プロトンNMRでスピン状態を観測した結果,ほんのわずかな0.1%というCo不純物を加えただけで,全体のスピンの方向が目に見えて傾くことが確認された.5%以上加えるとc−面内に倒れてしまう.中間の0.2%〜3%ではこれらとは別の異なるスピン状態になっていることが分かった.この異なるスピン状態の詳細は不明である.
岩坪正臣 (2005.3)
化合物磁性体,蟻酸ニッケル二水和物Ni(HCOO)2・2H2Oの低温の磁気的性質
蟻酸ニッケルはA,B二種類のNiイオンが存在している.低温のスピン状態についてはいろんな説があって確定していない.そこでプロトンNMRによってスピン構造を決めることを目的とした.
結果はAスピンはcantした反強磁性,Bスピンは逆向きにcantした反強磁性であることが分かった.Aスピンに比べてBスピンは非常に小さく約1/10の大きさである.プロトンNMRによって蟻酸ニッケルの低温のスピン状態をかなり明らかに出来たが,いろいろな実験のあらゆる矛盾を解消するには至っていない.
<追加>
その後,プロトンNMRスペクトルの解析を進め,AスピンもBスピンもcantしていて全体としてフェリ磁性となっていることを明らかにした.
大塚幸典 (2008.3)
磁気混晶Ni1−xMx(HCOO)2・2H2O(M=Zn,Mn,Co)のプロトンNMR
蟻酸ニッケルの低温のスピンは2種類あるNiイオンの中でAスピンはcantした反強磁性,Bスピンは逆向きにcantした反強磁性であることが分かった.この蟻酸ニッケルでは低温のNMR周波数の温度変化から,モーメントの方向が温度変化していることが明らかになった.このモーメント方向の温度変化は交換相互作用と磁気異方性の競合の結果であると考えられる.そこで交換相互作用がゼロになるZn,磁気異方性が非常に強いCoおよび双極子磁場が大きいMnの3種類の不純物を加えることによってモーメント方向の変化の原因を明らかにすることが目的である.
Znを不純物として混ぜた場合,NMR周波数はほとんど変化せず,モーメント方向もほとんど影響を受けないという結果になった.Znが非磁性イオンであって交換相互作用が断ち切れることを考えるとこれは少し意外な結果である.一方,Coに対してはかなり大きい変化が観測された.この結果から磁気異方性が大きく影響していることが結論された.Coの濃度によるNMR周波数の変化の解析から,Coを7%位混ぜると磁気モーメントは約40度もCoの容易軸方向へ傾くことが結論された.またMnについては変化は小さく双極子磁場は余り効いていないことが分かった.
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