微小シリコン片持ち梁の熱振動の研究

 

Study on the Thermal Vibration of Micro Silicon Cantilever

 

CM00007  氏名:趙 世済  指導教員:河村 良行

 

In this study we measured the thermal vibration of micro silicon cantilever using a michelson interferometer. Also we confirmed the result of the experiment by computer simulation. Because micro silicon cantilever has relatively low damping coefficient and high natural frequency, it is easy to filter external vibration noise. The computer simulation was performed to study about the relation, which occurs between the thermal vibration and the collision (between air molecules and silicon cantilever). The collision of air molecules has exciting and damping effect on the silicon cantilever. The thermal vibration of micro silicon cantilever reaches the amplitude of thermal vibration calculated theoretically. We found that the Q value of the thermal vibration depends on the air pressure. That means we can measure the air pressure by the measurement of thermal vibration

   Key words: Micro silicon cantilever, Optical measurement, Thermal vibration, 


 

 

1. 研究目的

 本研究の目的はマイケルソン干渉計を用いて微小シリコン片持ち梁の熱振動をより正確に計測し、その結果を理論分析及び計算機シミュレーションにより解析する事である。

 熱振動の振幅は非常に小さいので計測されたデータが熱振動であるか、振動ノイズかを見分ける事が難しい。そのために十分な除振を行う必要がある。今回の研究では高い固有振動数をもつシリコン片持ち梁を使って振動ノイズの少ない高周波数帯域で実験を行った。装置全体のみならずシリコン片持ち梁が配置される真空容器の中でも除振を行い、より正確に熱振動を計測できるようにした。

 

2. 実験方法及び装置

2.1実験方法

真空容器の中に除振台を設置してその除振台の上にシリコン片持ち梁を設置した。真空ポンプにより真空容器の中の真空度を105 Torrまであげて、マイケルソン干渉計によりシリコン片持ち梁の熱振動を計測した。シリコン片持ち梁の熱振動の振幅が非常に小さいので実験装置に十分な除振を行う必要がある。真空ポンプからの振動ノイズを遮断するための除振、床からの振動ノイズを遮断するための除振、そして真空容器を通ってシリコン片持ち梁に伝わってくるノイズを遮断するための3種類の除振を行った。計測された熱振動を計算機シミュレーションにより分析した。

 

2.2実験装置

 熱振動の素材として使われた微小シリコン片持ち梁のSEM写真が図1に示されている。

 

 

 

 

図1.シリコン片持ち梁

 

シリコン片持ち梁の寸歩は長さ240μm、幅は30μmそして厚さは3.2μmである。材質はシリコン単結晶でQ値が高い。表面にはアルミがコーティングされていて、レーザの反射のために使われた。固有振動数は62.5Hzで低周波数のノイズを除去する事が容易である。

 熱振動の振幅の計算式は

                1)

である。

シリコン片持ち梁はばね定数が2.7N/mで、式1)からの計算によるとこのシリコン片持ち梁の熱振動の振幅は39.2pmであった。kはばね定数で、Tは絶対温度そしてkBはボルツマン定数1.38×1023 [J/K]である。

 実験を行った実験装置の全体の写真が図2に示されている。

 

 

図2 実験装置の全体写真

 

実験台の上にある円柱型のアルミが真空容器でその中にシリコン片持ち梁が設置されている。右下にロータリポンプがあり、ロータリポンプからの振動を遮断するために下にゴム板を置いた。ロータリポンプからゴムホースを通ってオイル拡散ポンプに行く振動ノイズを遮断するためにゴムホースの上に重りを乗せた。床から実験装置に伝わってくる振動ノイズを遮断するために実験装置の下にゴムボールをおいて床からの振動を遮断した。

 

 

図3 真空容器内部の除振器

 

最後に真空容器からシリコン片持ち梁に直接伝わってくるノイズを遮断するために図3のような除振器を使った。真空容器の中の除振器はボルトで真空容器に固定されている。真空容器とボルト除振器の間にゴムリングを入れてお互いに接触しないようにした。

実験に使われたマイケルソン干渉計の配置の概略図を図4に示す。

 

 

 

図4 装置全体の構成

 

 左側に真空容器があり、その中に除振台、その上にシリコン片持ち梁が設置されている。真空容器の前にマイケルソン干渉計を組んでその信号を光検出器で検出する。計測された信号はFFT(Fast Fourier Transformer)によりパワースペクトルとして表示された。この実験よりシリコン片持ち梁の熱振動と各真空度でのシリコン片持ち梁のQ値を計測した。

 

3. 実験方法及び結果

3.1シリコン片持ち梁の熱振動

 図4に示されている実験装置を用いて微小シリコン片持ち梁の熱振動を計測した。実験は105 Torrの真空度で行われた。干渉縞の光強度は光検出器で計測されFFTにより分析された。 図5FFTに表示されたシリコン片持ち梁の熱振動のスペクトルが示されている。

 

 

5 シリコン片持ち梁の熱振動スペクトル

 

図5に示されているようにシリコン片持ち梁の熱振動はシリコン片持ち梁の固有振動数62.5kHzである。熱振動の電気信号の振幅V39.2μVであった。干渉縞の光強度の一番強い部分と弱い部分の電圧の差E0408Vであった。マイケルソン干渉計で電圧信号から片持ち梁の振幅に換算する式は

                2

である。式2) からの計算によると熱振動の振幅は4.9pmである。これは片持ち梁の先端から1/3の部分の振幅である。片持ち梁の振動形状が3次曲線であるのでその最大振幅は11pmである。式1)からの熱振動の理論計算によるとシリコン片持ち梁の熱振動の振幅は39.2pmであった。

 

3.2シリコン片持ち梁の内部減衰効果

 シリコン片持ち梁の熱振動の計測値と理論値の差の原因を分析するためにシリコン片持ち梁の内部の減衰効果を計測する実験を行った。実験方法は片持ち梁の熱振動を計測する時と同じで、シリコン片持ち梁をピエゾ素子で励振させて振幅を計った。この時シリコン片持ち梁に作用する減衰効果は空気粒子による減衰効果とシリコン片持ち梁の内部の減衰効果がある。真空度が高くなって行くと空気粒子の衝突による減衰効果は減って行く。最後にシリコン片持ち梁の減衰係数はシリコン片持ち梁の内部減衰係数で決まる減衰係数に収束する。図6に真空容器の真空度を高くしながら計測したシリコン片持ち梁のQ値を示す。

 

図6 シリコン片持ち梁のQ値の真空度依存性

 

横軸は真空度で縦軸はシリコン片持ち梁のQ値である。点線は分子流と粘性流の境界線である。◆の印は実験結果である。実線は分子流領域での空気粒子の衝突によるシリコン片持ち梁のQ値の理論計算式から得られた結果である。

 シリコン片持ち梁のQ値は真空度が高くなるに従って高くなって行く。そのQ値は1500で収束する事が分かった。収束した事によって空気粒子以外にシリコン片持ち梁の内部減衰効果がある事が確認できた。

 

 

 

 

 4. 片持ち梁の熱振動のシミュレーション

 4.1 空気粒子と片持ち梁の衝突4)

 空気粒子は温度の1/2乗に比例する速度で熱運動をしている。その速度は

                3)

となる。単位時間で単位面積に衝突する空気粒子の数は

 

            4)

である。ここでTは絶対温度でMは空気粒子の分子量である。熱振動をしている空気粒子とシリコン片持ち梁の衝突を図7に示す。

 

7 熱運動をする空気粒子と片持ち梁の衝突

 

空気粒子と片持ち梁は衝突により運動量交換が行われる。その衝突により片持ち梁は振動を始めると仮定し、シミュレーションを行う事にした。空気粒子は衝突により片持ち梁を励振するだけでなく、減衰効果も持っている。その空気粒子の持つ減衰効果の計算を以下にい示す。

 

8 空気粒子の衝突が速度uで動く板に与える力

 

8は空気粒子の衝突が並進している板に与える力を表している。並進速度uの逆方向からの衝突による力F1

となる。ここでは板の垂直方向と空気粒子の運動方向の角度である。

F2

となって空気粒子の衝突により並進している板に伝わる力Fはこれらの合力として

となる。

片持ち梁の振動の場合、速度は並進の速度の1/4であるので空気粒子の衝突による片持ち梁の減衰係数は

 

   5)

となる。

4.2シリコン片持ち梁の運動方程式

 空気粒子とシリコン片持ち梁の衝突によるシリコン片持ち梁の運動方程式は

 

 6

 

となる。Mはシリコン片持ち梁の質量、vyは空気粒子の片持ち梁への垂直方向の速度、tは時間である。衝突の時間tを乱数を発生させ、シリコン片持ち梁の振動の計算機シミュレーションを行った。直接、式6)を用いてシミュレーションを行うのが難しいので、式6)をラプラス変換して振動の振幅だけを計算する事にした。式6)ラプラス変換して整理した式は

     7

となり、ここでAB

となる。

7)を用いてVisual Basicでプログラムを作り、計算機シミュレーションを行った。シリコン片持ち梁の振幅が収束するまでの空気粒子の衝突回数を減らすために、今回は空気粒子の分子量を1×1012gにしてシミュレーションを行った。空気粒子の衝突の時間を乱数により決め、ABを求めて片持ち梁の振幅を計算した。

図9に式7)を用いたシミュレーションの結果を示す。横軸は時間で縦軸はシリコン片持ち梁の振幅を表している。このグラフから片持ち梁の振幅は空気粒子の衝突回数N1/2乗に比例して大きくなって行く事が確認できた。その振幅は空気粒子が持つ減衰効果により、理論計算による片持ち梁の熱振動の振幅に収束する事が分かった。

9 片持ち梁の振幅のシミュレーション

 

4.結論

 十分な除振装置とマイケルソン干渉計を使ってシリコン片持ち梁の熱振動を計測した。実験の結果11pmの熱振動が計測できた。熱振動の理論計算による振幅は39.2pmである。その原因を分析するために、シリコン片持ち梁のQ値を計測した結果、シリコン片持ち梁は真空度が高くなると空気粒子の減衰効果が減り、Q値が上がる。そのQ1500に収束する事が確認できた。それは空気粒子の減衰効果以外にシリコン片持ち梁内部に減衰効果がある事を意味する。その減衰効果によりシリコン片持ち梁の熱振動の振幅が小さくなったと考えられる。

 空気粒子とシリコン片持ち梁の衝突から運動方程式をラプラス変換し、その式を用いて計算機シミュレーションを行った。シリコン片持ち梁の熱振動の計算機シミュレーションよりシリコン片持ち梁の熱振動は空気粒子の衝突回数の1/2乗に比例して大きくなって行く事が確認できた。その振幅は空気粒子の衝突による減衰効果により理論計算の結果と同じ熱振動の振幅に収束する事が確認できた。

 

参考文献

1)Daniel J.Inman: Engineering Vibration(Prenticehall, New Jersey,1996)

2)Joachim Herrmann, Bernd Wilhelmi:Ultra micro pulse laser(German Democratic Republic, Altenburg, 1998)

3)Donald C. O’shea, W. Russell Callen, William T. Rhodes: An Introduction to Lasers and Their Applications (Addison-Wesley Publishing Company, Mass, 1986)

4)溝口 勲夫:わかりやすい真空技術(日刊工業新聞社、東京都、1998

 

これまでの研究業績

1)趙 世済、河村 良行:「Application of Micro Cantilever to Absolute Vacuum Gauge, 10th  AJOUFITNUST Joint Seminar.

2)趙 世済、河村 良行:「マイケルソン干渉計によるシリコン片持ち梁の熱振動の計測」、2002年春季 第49回応用物理学関係連合講演会.