風洞実験用磁力支持天秤装置の研究

Study on the Magnetic Suspension and Balance System for the Wind Tunnel Experiments

CM00008  武永 智靖 (指導教員 河村 良行 教授)

 

Abstract

  The Magnetic Suspension and Balance System (MSBS) makes the wind tunnel experiment to be free from support interference. This equipment makes it possible to support an aerodynamic model in the center of the test section by the magnetic forces. In wind tunnel experiments, the aerodynamic forces acting on a model is measured by detecting the coil currents which control the magnetic field. We have studied development of the MSBS since 1997. Recently we have succeeded in developing the MSBS which can control 5 axes. This MSBS has the test section of 36cm×40cm. We have scheduled the studies on the aerodynamic characteristics of a baseball.

 

Key Words : Magnetic Suspension and Balance System, Magnetic Levitation, Wind Tunnel Experiments

 


1.緒言

 現在、様々な形状に及ぼす空力特性を測定する風洞実験では、一般に支柱やワイヤ等の支持装置を使用して模型を支持し、各軸方向の力を測定している。しかし、これらの支持装置は風洞測定部内の空気の流れを乱し、高精度な空力解析を行う上での妨げになる。磁力支持天秤装置はこの支持干渉の問題を解決するために考案されたもので、空力模型を磁気力により支持することで、支持装置と気流との干渉を避けることができる。

 磁力支持天秤装置では模型に永久磁石もしくはそれにかわるものを内蔵させており、装置に設置されているコイルが形成する磁場により模型に磁気力を作用させる。従って、磁場を制御することで比較的容易に模型に運動を与えることができるという特徴を持っている。また、風洞実験中に模型に作用する各軸方向の力は磁場を形成するコイルに流す電流値の変化量から測定することができる。

 我々は1997年から磁力支持天秤装置の研究を開始し、制御実験や磁場解析等を行い、昨年5軸制御での模型支持に成功した。また装置天秤の力較正試験を行い、その測定精度について報告してきた。現状の磁力支持天秤装置は直径70mm程度の大きさの球模型で風洞実験が行えるように設計されている。これは当初、野球ボールでの風洞実験を目標としてきたからであるが、それに近い大きさで永久磁石が内蔵できれば特に模型の外部形状を選ばない。開発当初の測定部の大きさは40cm×40cmであった。しかし、この大きさでは模型に作用させることができる磁気力の限界が、風洞実験中模型に作用する空気力に対して十分なものではなかったため、より大きな磁気力が得られるように高さを36cmに縮めている。

 本報告では磁力支持天秤装置の制御法及び力較正試験の結果から天秤の測定精度について述べる。また実際に直径70mmの球の風洞実験を行い、従来の結果と比較することで現状の磁力支持天秤装置の信頼性について報告する。

 

2.装置の概要

 開発中の磁力支持天秤装置の構成をFig.1に、装置の外観をFig.2に示す。この磁力支持天秤装置は高さ36cm、幅40cmの測定部を有する。装置は主に、パソコン(PC)、電流制御装置、空芯コイル(外径180mm、内径140mm、厚さ20mm255turn、インダクタンス6.89mH)、大型永久磁石(外径150mm、内径50mm、厚さ25mm、残留磁束密度1.066T、サマリウム系希土類磁石)、位置姿勢検出器から構成されている。

 空力模型の内部には小型の永久磁石を入れる。装置の大型永久磁石との磁極の関係はFig.1に示す通りである。小型永久磁石には直径35mm、長さ40mm、残留磁束密度1.35Tのネオジム系希土類磁石を使用している。模型の制御軸はFig.1に示すように鉛直方向をZ軸、水平方向をそれぞれXY軸、その軸回りの回転をそれぞれθX、θY軸とする。またZ軸回りの回転をθZ軸とする。そのうち制御可能なのはθZ軸を除いた5軸である。装置上下の大型永久磁石は、模型に作用する重力に釣り合う磁気力を得るために設置されている。従って、模型の設計段階において、装置中心部で模型に作用する重力と磁気力とが釣り合うように、模型の質量を調整する必要がある。また、模型を磁力支持するために制御される磁場を形成するコイルは、図に示す様に装置上下に各4個ずつ設置されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fig.1 MSBS for Wind Tunnel Experiments

この装置の特徴として、模型に作用する重力と等しい磁気力を装置に設置されている大型永久磁石により得ることができるので、模型の浮上支持に消費する電力はほぼ0であり、装置全体の消費電力が抑えられていることが挙げられる。また、模型を支持制御する磁場は全て空芯コイルにより形成されるので、ヨークを使用する場合に問題となるヒステリシスの影響を受けずに模型を制御でき、比較的容易に高精度な力測定を行うことができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Fig.2 MSBS and Wind Tunnel

 

3.制御法

 模型の位置姿勢制御は、装置上下に設置された合計8個のコイルが作る磁場を制御することにより行われる。各コイルに供給できる電流は±10Aの範囲である。先に述べた様に、位置姿勢制御はZXY、θX、θY軸の合計5軸の制御まで可能である。

 模型の位置姿勢検出の方法として、Z軸は模型の上端に水平にレーザー光を照射し、その対面にある光検出器の値の変化から検出する。XY、θX、θY軸は、模型の上側の中心及び下側の中心に直径3mmの反射シールを貼り、その部分にレーザー光を照射し、その反射光を4分割光検出器に受けさせ検出する。

 模型の制御法には先ず、PD制御を用いた。理由は比例ゲインと微分ゲインの2つを調整することで、初期において安定条件を容易に得ることができるからである。安定に制御できた上で最終的には積分要素を加えたPID制御に変更した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fig.3 Step Response of Current Controller

Fig.3に電流制御回路のステップ応答の測定結果を示す。電流制御回路には実際の磁場制御に使用するコイルを接続した状態で測定を行った。結果を見ると目標の電流値に収束はされているが、時定数が入力値によって異なり、与えたステップが大きいほど応答に時間を要することが分かった。これはコイルのインダクタンスにより立ち上がりに大きな電圧が必要とするが、制御回路の出力電圧は±34Vが最大であり、その制限によると考えられる。

 実際の制御系にはPCを用いるのでむだ時間要素が含まれる。現状の制御系において最も速い場合の制御周期は1.3msでる。しかし、この制御周期で模型を支持制御すると、支持することはできても模型に力が作用するとすぐに不安定となり模型を支持できなくなる。これは電流制御回路の応答時間に対して制御周期が速く、コイルに安定した電流が流れないためだと考えられる。従って、より制御系を安定にするためには制御周期の調整を行う必要がある。

 Fig.4に制御周期と模型支持時の模型の揺れを示している。模型の揺れは模型を支持中に各軸センサが検出する電圧を1024点採取し、その標準偏差により表している。この結果から制御周期が5msから7msの間で最も安定に支持できていることが分かった。よって制御周期はその中間である6ms付近となる様に設定している。

Fig.5X軸のステップ応答を測定した結果を示す。他の軸の応答結果も同様であり、安定した制御を実現することができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Fig.4 Control Period and Stability

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Fig.5 Step Response of X axis

 

4.力較正試験

磁力支持天秤装置を使用する風洞実験において模型に作用する空気力を測定するには、予め実験前に軸単位で模型に作用する磁気力とコイル電流との関係式を求めておく必要がある。この作業は一般的な天秤装置の力較正試験と同じである。力較正試験はFig.6の様に直接模型に重りを吊り下げ既知の力を模型に作用させ、その時のコイル電流を測定して関係式を求める方法で行う。

 力較正試験では模型に直接ワイヤ等を取り付ける必要があるので、模型形状によって較正試験の精度が大きく作用されてしまう。しかし、実際に磁気力が作用するのは模型内部の永久磁石なので、較正する模型内部の永久磁石が同じならば、静的な場合において模型の外部形状が異なっても問題ないと考えられる。そこで静的力較正試験が容易に行えるFig.6に示す円盤形状の模型を使用して力較正試験を行った。模型内部の永久磁石には直径35mm、長さ40mm、残留磁束密度1.35Tのネオジム系希土類磁石を使用した。

 

 

 

 

 

 

 


(a)                               (b)

 

 

 

 

 


(c)                              (d)

a Calibration of X, Y Axis ;b Calibration of θX,θY Axis

c Calibration of Z Axis () ;d Calibration of Z Axis (+)

Fig.6 Calibration Test

 

Fig.7Y軸の力較正試験の結果を示す。模型に作用させることができる磁気力の限界は模型内部の永久磁石に依存する。今回使用した永久磁石に対してY軸では±0.8Nまで支持することができ、この場合の測定精度は0.2%である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Fig.7  Calibration Tests of Y Axis

5.風洞実験

5.1.球の風洞実験

磁力支持天秤装置による風洞実験用模型として直径70mmの球を製作した。模型内部の小型永久磁石は力較正試験で用いたものと同じ直径35mm、長さ40mmのネオジム系希土類磁石である。模型の質量は383gである。

風洞実験で使用した風洞は開放型押込み式で絞り比が18、風速分布が±1%、乱れ強さが0.1以下のものを使用した。吹出口寸法は通常40cm×40cmであるが磁力支持天秤装置に合わせて36cm×40cmの縮流胴を通常の縮流胴の後ろに接続した。縮流胴は鉄製であるが後方に新たに接続した縮流胴が木製であり、装置との間隔も磁場に対して十分に確保できることから、磁化による影響はほとんどない。

実験は先ずできる限り無風状態にし、基準となるコイル電流を測定した上で風速5m/s20m/sの間を1m/s間隔で実験中のコイル電流を測定した。5軸制御の磁力支持天秤装置なのでZ軸回りの回転の制御はできない。従って、実験中はできる限り回転を抑えて測定を行った。その実験結果をFig.8に示す。コイル電流の測定は1点に対して1024回連続に測定した値の平均を取っている。制御周期が6.3msなので1点の測定時間は6.45sである。

実験中、風速が15m/sに達するあたりから模型がZ軸方向に微振動を起こしていた。Fig.8においても風速15m/s付近から抗力の作用する方向であるY軸以外の軸に対してもいくらかの力成分が測定されている。これは6.45s間の平均値を測定していることから、球後方に発生する渦による影響とは考えられず、模型の微振動によるものだと考えられる。この測定結果から球の抗力係数とレイノルズ数の関係を表したものがFig.9である。比較のために機械工学便覧流体工学(日本機会学会編)に掲載されているデータを同図にプロットしている。測定したレイノルズ数の範囲において抗力係数がよく一致していることが分かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Fig.8 Result of The Wind Tunnel Experiments

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Fig.9 Comparison of Drag Coefficients (Spherical model)

 

5.2.支持干渉の影響

 磁力支持天秤装置では支持干渉のない風洞実験を行うことができる。支持干渉の影響は支持される模型の形状や支持方法、風速などによって変わる。球の風洞実験では球の下流側から支持する方法(後方支持法)を用いれば支持干渉の影響はほとんどないと考えられている。磁力支持天秤装置を用いればこのことを実験によって確認することができる。実験方法としては球模型を磁力支持した状態で球の下流側から支持棒を入れることで擬似的な支持装置を作り、その条件で風洞実験を行う。支持棒には直径6mmのアルミ製中実丸棒を使用した。球と支持棒の先端部の間は模型の揺れ等を考慮して、1mm程度の距離を取っている。従って、球の後方に支持棒が設置されているだけでその他の条件は通常と変わらない。風速は520m/sの範囲で、測定は1024点、6.45s間の平均値を取る。

Fig.10に模型のみの場合と擬似支持ありの場合を示す。実験では先ず擬似支持棒がない場合の測定を行い、次に擬似支持棒がある場合の測定を行った。Fig.11に実験結果より得られる球の抗力係数とレイノルズ数の関係を示す。双方のデータを比較し易くするために、同じ実験条件で5回測定を行い、そのうち大きく外れた値を持たない3回分のデータを図にプロットした。一般に球の下流側に支持棒等が存在する場合、球の抗力係数は減少すると考えられている。結果を見ると擬似支持装置がある場合の方がない場合に比べて抗力係数が小さいことが分かる。但し、今回の実験では傾向を伺うことはできても実際にどの程度の影響があるのかを明らかにすることはできていない。その理由として測定データが絶対的に少ないこと、低速領域において風速の読み取り誤差が含まれてしまうこと、無風時の模型支持データ、即ち基準データが支持場所により微妙にバランスが変わってしまうことなどが挙げられる。今後は複数の試験方法を試みるとともに、より早い風速領域におけるデータを測定する必要がある。また、模型の支持基準が振れないように測定方法の改善を行う必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


   (a)                        (b)

a Normal ;b Pseudo Support

Fig.10 Support Interference Experiments

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fig.11 Comparison of Drag Coefficients

 

6.結言

 5軸制御磁力支持天秤装置において、空力模型を安定に支持するための制御アルゴリズムを確立した。また、制御周期を調整することでより安定な模型制御を行うことができた。装置天秤の力較正試験を行い、その測定精度を評価した。

磁力支持天秤装置を用いた直径70mmの球の風洞実験を行った。この実験結果から球の抗力係数を求め、従来の測定データとよく一致することを確認した。最後に磁力支持天秤装置ならではの実験として、球の後方に擬似的な支持装置を作り風洞実験を行った。結果は擬似支持がある場合の抗力係数がない場合に比べて低くなるという傾向を示した。

 

参考文献

1)       澤田 秀夫、河野 敬、国益 徹也:「航技研における磁力支持天秤装置の研究」、第60回・第61回風洞研究会議論文集.

2)       澤田 秀夫、国益 徹也:「航技研60cm磁力支持天秤装置」、第38回飛行機シンポジュウム.

3)      高橋 貴臣、武永 智靖、森田 大介、田中 俊介、河村 良行:「40cm×40cm風洞実験用磁力支持天秤装置の研究」、日本機械学会流体工学部門講演概要集(2000.9,9-10・室蘭市).

4)      武永 智靖、高橋 貴臣、河村 良行、溝田 武人:「風洞実験用磁力支持天秤装置の開発(球体模型の空力特性)」、2001年度 年次大会講演論文集.

 

これまでの研究業績

1)       武永 智靖、高橋 貴臣、河村 良行、溝田 武人:「風洞実験用磁力支持天秤装置の開発(球体模型の空力特性)」、2001年度 年次大会講演論文集.