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頑張れ!Wakefield!

 

 

 

溝田研究室

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福岡工業大学工学部電子機械工学科

工学博士 溝田武人

 アメリカ東部,ブラックスブルグにあるバージニア州立工科大学で開催された「非流線型物体の空気力学とその応用に関する国際会議」(BBAAV: 1996.7.29〜8.1)で,「ナックルボールとフォークボールの空気力学的研究」と題する研究を発表するためにアメリカに渡りました.少し早めに,Boston市に寄って,アメリカ大リーグのBoston Redsoxの試合を観戦することにしました.巧く行けば今はこの球団にいるTimWakefieldのナックルボールを見ること ができるかも知れません.ナックルボールの不思議?の論文を書く端緒になった投手です.泊まったユースホテルから歩いて10分もかからないところにFenway ParkというBoston Redsoxのホーム球場があったのは好運でした.

 7月22日(月),一塁側の最前列の切符を買って,カンサスシティーロイヤ ルズ戦を女房と息子と3人でナイター観戦しました.強打者,モー・ボーン3番(今期200本安打達成),カンセコ4番の次の5番打者になんとあのミッチェルがおりました.我々の座席のすぐ前のライトを守っています.3割を打ち,ホームランもこの時期に20本近く打っていました.その後,7月30日にはさらにシ ンシナティーレッズに移籍していることを帰国後のBS番組で知りました.昨年福岡ダイエーホークスで,なにかと物議をかもした選手です.

 試合も7回に入ったので,観客席の下の通路に降りて行って,2m以上の巨体の黒人警備員に話しかけました.「日本から来たこういう者だけれど,ナックルボールとフォークボールの研究をしている.Wakefieldに会いたいのだがどうたら良いか教えてくれ.」,「よっしゃ.こっちに来い.」と言って 球団事務所の入り口に連れて行って紹介してくれたのは,やはり警備のJohnCurfis君です.「これから研究結果を国際会議で発表する,ぜひWakefieldのコメントが欲しい」とつけ加えました.Curfis君も意気に感じてくれたらしく,ドアの中に入ってからすぐ出てきて,「試合が終わったら会うと言っている. そのときここに来い.」ということになりました.試合は5対2で負けてしまいましたが,約束の場所に行くと,「今日は負けたので,監督のミーティングがある.明日練習が始まる頃また来い.」との伝言がCurfis君を通じてありました.女房と息子は半信半疑です.

 明けて23日(火)には,今度は一人で,15時過ぎに選手達が入る球場入り口 に着いてみると,大リーガー達のサインを集めている子供達とその保護者のお母さん達が10名ほどたむろしていて,これまでもらったサインを誇らしげに見せてくれました.いずこも同じ風景です.

 駐車場係りに,前日と同じことを伝えて,「今日は約束しているのだ.」といいました.中に入って聴いてきてくれましたが,横に顔を振って「今はトレーニング中なので・・・・.」と一瞬ダメかなと思わせるようなことを言いました.しかし,やがてきちんと背広を着た人が出てきて「Wakefieldに会いた いと言っているのは貴方かい?」と聴いてきました.そこでまた,「純粋に学問的な興味でやっている,是非会いたい.」と述べて名刺と論文を見せたら,すぐに「オーケー,付いて来い.」となりました.狭い通路を抜けると,昨夜の場所に出てまたあのJohn Curfis君がおりました,「やあやあー.」という ことになり周囲も安心したようです. 

 すぐに,Tim Wakefieldが怪訝そうに出てきました.「やあー,日本から来た溝田といいます,貴方に会えて嬉しい,1992年の新人王になった時から注目していた.その映像を見たことが大きな動機になって,流体力学の立場からナックルボールの研究をしている.それを今度のBBAAとい う国際会議で発表する.ナックルボールの変化のメカニズムが分かったので,貴方にそれをここで説明するのでコメントをくれるか?」「そりゃおもしろい,やってくれ.」(赤字はWakefieldの発言.)と挨拶を交して,以下40分に亘って二人の会話が続くのですが,ここでそれを再 現してみましょう.

  (1)打者と投手によるナックルボールの印象の説明.
 「貴方は 自分でもどこに行くか分からない,と言っているが本当にそうか?」 そうだ.ニークロは,”ナックルボールを投げるのは簡単です.でもどうしてあのように変化するのかは知らない,きっと誰も知らないでしょう”と言っているが・・・・でも貴方は知った訳ですね.「そうです.その結果 を貴方に伝えたい.」オーケー.

 (2)ボール回転にともなう抗力と横力の測定結果およびフラッタ実験と理論のグラフを説明したあと.
 速度Uを変えたらどうなりますか?「この式のようにUは2乗で効きますから振幅は大きくなります.グラフは上にシフトします.」なるほど,では向かい風の影響はどうでしょうか?「Uが大きくなったことに対応しま すから振幅は大きくなります.」そうかそれで,向かい風のときは大きく揺れるのだ.「そのとおりです.向かい風が吹く球場で登板したらいい.次に,無回転でボールが進むと,研究結果では1.2mもシフトしますが投げた時はどうですか?」 そうです,この位(1m以上の幅を両手で示した)はシフトして,捕手が捕れないことがあります.「そうですか,研究結果と一致しますね.ところでボールはどういう具合に握りますか?」このようにしか握りません.(縫い目が縦に並ぶような配置を示したが,右 手中指と人指し指はあまり長いという感じはしません.むしろ異常に太い.)いつもこのように握って,トップスピン回転で回転しはじめたらそのまま回りますす.バックスピン回転を始めてもそのままバックスピンします.横に回転したらボールは横にゆらゆらと揺れます.「縫い目が斜めになるように 握って投げれば,スパイラルに変化するはずですが.」そうですそうなります.「回転にともなって抗力が変化しますから,ボール速度(の変化率)はこのようにギクシャクと変化しますが?」そうそう,そうなります.「砲丸投げのように投げたら,回転しないボールが投げられると思うヨ.」(Wakefieldは首をすくめていました.大リーグ投手に恐れ多いことを言ってしまった,と反省しています.)

 (3)ナックルボールに大きな横力が作用する空気力学的なメカニズムを説明したあと.
 「Wakefieldと言う名字は,流体力学では「後流」という意味だが.」《Wakefield君は首をすくめてニヤニヤしていました.知らなかったのかな.》縫い目で流れが剥がれるのではないのか?「違います.縫い目が乱流へのトリガーになっているのです.乱流になると剥離位置が大きく一方だけ後ろ側 にくるので,Wakefield全体がシフトして抗力と同じ位の横力が働くのです.」ボールの後ろの乱流ではないのか?「違います.ボール回転による縫い目の位置変化で正確に規則的に横力が働くのです.」《ボール後方のカルマン渦に触れた論文(Physics Today,May,1995)を読んでいたのかも知れません.ここで層 流と乱流の説明.》

 (4)その他の会話
  「私はミッチェルのいた福岡ダイエーホークスのHometownから来た.ダイエーホークスに呼ばれたら来るか?」自分はミッチェルと仲が良い.Maybe,maybe.「日本に来たら是非福岡工業大学に来てくれ,ナックルボールの風洞実験風景を見せるから.」OK,OKそうします.非常に面白かった.この論文のコ ピーをくれ.「もちろん.別に論文を書いたら送ります.住所を教えて.」(近くにいたマネージャーと話ながら)球団の方に送ってくれたらいい.(そばで聞いていたコーチと思える人が,どういう立場で研究しているのか?今夜の試合は見ないのか?《切符を手配するぞと言う気配》と聞いてきたので. 「純粋に学問的な立場で研究している.流体力学としておもしろいのだ.試合は昨夜見たので今日はもういい.ところでボストンでは登板しないのか?」ボストンでは登板しない.そのあとミネソタで投げる予定だ.「数多く勝つことを望んでいる.それじゃどうも練習前の長時間ありがとう. そうそう,サインボールと帽子にサインして.仲間に良い土産になるから.」ありがとう.そうか.では.(サインボール1個と5個のBoston Redsoxの帽子に実に丁寧にサインしてくれました.それから,「John君写真撮って下さい,」とたのんで,2枚撮影してもらいました.このときWakefieldは私の体に腕を回 して引き寄せました.私も腕を回したけれど,大きいのでびっくりしました.あのナックルボールを投げる右手で力強い握手を交わして,彼はトレーニングルームに入っていきました.)

 終わった時には,その辺に10名位の人だかりができていました.ありがとう,と言って,もとの選手入り口に戻りましたが,子供達やお母さん達が20名位に 増えていました.「オーイ,Wakefieldに会って話してきたぞー」と言ったら,一人のお母さんが「どうして貴方は会えたのか?」と聞いてきました.事情を話して,帽子のサインを見せたら,子供達がまあ羨ましそうな歓声を挙げました.52才の私でも,なんだかとても誇らしい気持ちになりました.  翌日,論文の綺麗なコピーを持って球団に行き,Wakefieldに渡してくれるように頼みました.そこには,「貴方がもっともっと勝ち星を増やすことを望んでいる」と記述しておきました.Wakefieldは力学にもなかなか強い,物静かな大リーガー,という印象です.

 7月30日に行ったBBAAVでの口頭発表では,「Wakefieldに会って研究成果を話して来た.大リーグ,ナックル投手からのコメントも貰って来たが,大リーガーのトップシークレットなので話し難い.しかしまあこの部屋に聴きに来ている人にだけには特別にそれを伝える.」と,もったいぶったら失笑が湧きま した.東大の木村吉郎さんも後ろの方でニヤニヤしていましたし,大御所,P.W.Bearmanも配った資料を見ながら聴いてくれていました.現在大阪産業大学におられる安達 勤先生は講演の様子を撮影して後日,送って下さいました.時間をオーバーして昼食時間に食い込んでいたので,質問は受付られませんで したが,座長のRuscheweyhさんは,「面白い,これは未発表論文か?どの論文集に投稿するのか?」と聞いていました.

 なお,昨シーズンは16勝8敗の成績でした.今シーズンの前半は調子が悪く,7月23日に会ったときは6勝10敗だったのですが,シーズン終了時には去年と同じ14勝13敗を上げて,Redsoxの勝ち頭になっています.自分の変化球の科学的な根拠を知ったので,勝ちだしたのかな?そうなら大変嬉しいことです.  ましてや,出身地フロリダの知的障害者ためのセンター施設に金銭的援助をして,センターの財政難を助けているということを,帰国してから雑誌の記事で知ってからはなおさら頑張ってくれ,と応援したい気持ちが強くなりました.そこの子供達の手形がプリントされたアンダーシャツをプレゼントされ,彼は それを着て投げ続けているのです.がんばれ,Tim Wakefield!

(日本風工学会誌に掲載された論文「ナックルボールの不思議?」の別刷りをご入用の方は,電子メールで,是非ご感想を添えてご連絡下さい.送付します.email : mizota@fit.ac.jp

《Caption》Tim Wakefieldと筆者(1996.7.23 Fenway Parkにて) および,帽子に記入したサインとサインボール

御質問、御感想がございましたら著者までどうぞ.