2010年度 福岡言語学会(FLC)7月例会 発表者及び発表要旨
1.「日本語の使役受身文に関する統語分析」
前田雅子(九州大学大学院博士後期課程)
発表要旨:
井上 (1976) 以降、日本語の使役文において,その補文の目的語は使役受身文の主語に
ならないと一般に仮定されてきた。
(1) a. 先生は,生徒に高価な本を(無理やり)買わせた。[使役文]
b. 生徒は,先生に高価な本を買わされた。[補文主語の受動化]
c. *高価な本が先生に(よって)生徒に買わされた。[補文目的語の受動化]
(影山
1993)
本発表では,そのような観察が必ずしも正しくなく,使役受身文は,適切な意味的・機能的
制約が満たされれば可能となることを主張する。
(2) 連日の猛暑の中,その高校の野球選手たちは今日も長時間の練習に励んでいた。
しかし,数人の部員が脱水症状を起こしたため,少量の塩が入った水がコーチに
よって選手たちにたくさん飲まされた。
さらに,使役能動文には許容使役と強制使役の二つの含意があるのに対し、使役受身文には
強制使役の含意しかないという事実に基づき、使役受身文と他の受身文の統語派生を統一的に
説明することを試みる。
2.「結果構文の容認性と意味構造」
西原俊明(招聘)(長崎大学)
発表要旨:
影山 他(2001)では、変化動詞を含意しない動詞は、自動詞であれ、他動詞であれ、行為の後ろに
何らかの変化結果を継ぎ足すことができると分析されている。この分析では、(1)の容認性の差異を
うまく説明することができる。
(1) a. The dog barked the children awake.
b.*A big earthquake occurred
many building apart.
(1b)が容認されないのは、occurが<変化>→<結果状態>を表し、派生的な結果構文(自動詞を含む結果構文)に
必要な行為を含まないためだと説明できる。しかしながら、言語事実を詳細に見てみると、母語話者の間で
容認性に差があることがわかる。
(2) a. *I talked him awake.
b.%I talked him speechless.
(2)の例は、1)行為によってもたらされる変化をどのように話者がとらえるのか、2)変化による結果状態はどの
ような種類であるべきなのかに関して、話者の判断に差異があることを示している。この発表では、容認性の違いを
意味構造と意味要素(CAUSE, CONTROL, INICIATE)の観点から代案を提示したい。また、結果構文の語順に関しても
影山の分析の反例を挙げ、代案を提示してみたい。
3.「〜, please.」の日本語訳文生成パターンの分類
城島君守(福岡大学工学部電子情報工学科)
発表要旨:
本研究では、「〜, please.」を含む英文を機械翻訳システムを用いて日本語文に変換するにあたって注意す
るべき点を考察する。
この構文は容易に翻訳できるように思われるが、実際に翻訳させてみると「please」に先立つ英文に含まれる
動詞やその目的語によって日本語訳文はきめ細かく訳し分けないといけないことが分かった。
ジーニアス英和大辞典の「〜, please.」を含む英文204文を「名詞句, please」、「命令文, please.」、
「疑問文, please?」、「平叙文, please.」に大別し、これらを柴田勝征教授が開発したUS式英和機械翻訳
システムを用いて、翻訳する。その際、"please"にどのような訳をつけたらよいのか考察する。
まず、「名詞句, please」の場合、「どうぞ」を「ください」に変えて結合する。
<例>
Two beers, please.
「2」「ビール」「、」「どうぞ」→「ビールを2つください」
次に、「命令文, please.」の場合、コンマ前の文が動詞としてまとめられれば、その動詞をテ音便活用し、
「下さい」を語尾に付け加え、辞書登録されていた「please」の訳を消去すればよい。
<例>
Open the window, please.
「窓を開ける」「、」「どうぞ」→「窓を開けて下さい」
ただし例外として、熟語表現として既に辞書登録してある「give me」, 「let me see」 の日本語訳「私に/を下さる」、
「>を見せて下さい」のように、日本語訳語が既に「下さる」、「下さい」を含んでしまっている場合、前者は「る」を
「い」に変え、「please」の訳語「どうぞ」を消去し、後者は「please」の訳語「どうぞ」を消去する必要がある。
「疑問文, please?」の場合、コンマ前の文が「May I」,「Could I」,「Can I」,「Can you」の場合、動詞を「せる」
「させる」「してもらう」をつけて使役形にし、テ音便活用して語尾に「頂けますか」を追加して、pleaseの訳語を
消去すればよい。「Could you」の場合、「Could you」の日本語訳語の中に既に「いただけますか」を含めて登録して
あるので、pleaseの訳語を消去するだけでよい。
<例>
Could I see your boarding pass, please?
「事が出来た(る 1)」「私」「あなたの搭乗券を見る」「、」「どうぞ」
→「私はあなたの搭乗券を見させて頂けますか?」
特に食べ物、飲み物の趣向を聞く場合には、日本語表現は特別に豊富な語彙依存の表現に変化させる必要がある。
例えば、
原文; "How would you like your steak?"
訳文; 「ステーキはどう焼きましょうか?」
原文; "Rare, please."
訳文; 「レアにしてください。」
原文; "How would you like your tea?"
訳文; 「紅茶はどのように飲まれますか?」
原文; "With milk, please."
訳文; 「ミルクで、お願いします。」
のように日本語訳文の生成に工夫を要する場合が多い。
4.Comparative Syntax of Argument Ellipsis
高橋大厚(東北大学)
発表要旨:
This study aims to determine the factor that underlies the cross-linguistic distribution of argument ellipsis.
It has been observed in the literature that null subjects and objects (or null arguments) in Japanese can arise
from ellipsis. We consider whether it can extend to null arguments in Chinese and Turkish, languages that
look rather similar to Japanese in relevant respects, and point out that while their null objects can be elliptic,
their null subjects cannot be analyzed as arising through ellipsis. Two hypotheses have been put forth in the
literature to deal with the variation in the availability of argument ellipsis among languages. One assumes that
the possibility of scrambling is a necessary condition of argument ellipsis. Simply put, Japanese allows scrambling
(that is, it is a free word order language), and hence it can have argument ellipsis. According to the other
hypothesis, the absence of agreement is a key factor for elision of arguments: Japanese lacks agreement between
arguments and functional heads, and it somehow permits them to be elided. This study subjects these two hypotheses
to empirical scrutiny, considering how they handle the (im)possibility of argument ellipsis in the aforementioned
languages. We conclude that the lack of agreement, rather than the presence of scrambling, is crucially implicated
in the possibility of argument ellipsis.