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溝田研究室
テアドール・フォン・カルマン(1881年生れ)が二次元渦列の安定配列の計算を発表したのは,1911年30歳の頃である1).その計算を行う直接の動機は,カルマンの自伝に詳しく述べてある.プランドルの命じた実験をやっていた大学院生が流れが安定しないで困っていた,ということを知って週末を費やして一気に渦列の安定配列計算を完成させたのである.これが,流れが安定しないのは渦は交互に配列しているほうが渦列として安定に存在するからであるという,カルマン渦の発見だったである.その記述の少し前を野村安正氏の訳から引用しよう2).『…』内が引用部分である.
『渦は私が登場するずっと前から観察され,記録されていた.イタリアのボローニャの博物館で,幼子イエスを肩にのせて,水辺を渡っている聖クリストファの絵を見たことがあるが,彼の踵の後ろには,交互に並んだ一連の渦があった.歴史家にとっては,なぜクリストファがイエスを担いで水を渡っているのかが問題になるが,私にとっては,なぜ渦ができたのかが問題なのである.』
計算を行う直接の動機はあったが,実は長い間この問題を考えていた,ということになる.それは,ボローニャで22,3歳の頃見た聖クリストファの足下に画かれた渦の絵であった,というわけである.
Photo.1(a) 「聖ドミニコ,聖ペトロおよび聖クリストファの間にいる子供を抱くマドンナ」
(14世紀末、作者不詳)
福岡工業大学 工学部 知能機械工学科 溝田武人
Nature 404, 226 (2000) 日本流体力学会 「ながれ」第18巻 第6号 平成11年12月
Fig.1 カルマン渦の安定配列計算.渦間隔h/波長l=0.359
この美しい絵こそ,カルマンが22,3歳で観たときから不思議だと思っていた,『交互にならんだ一連の渦』の絵ではないだろうか?近くで詳しくみるとこれらの流れ模様は踵の後ろから出た一連の流れではなく,画かれてはいないが別な物体からの後流のようであり,水面上の模様として画かれている.しかしながら,交番渦の流線のようにも見える.カルマンがこの絵に近寄って観たとすれば,Photo.1(b)のように見えたかも知れない.Fig.1は原著論文に載せてある渦位置に固定した座標系で画いたカルマン渦の流線である1).
Photo.1(b) Photo.1(a)の右下部分,聖クリストファの足下の流れ模様