
形成的フィードバックは、目標までのギャップを埋めるために、考え方や行動を変えることを意図して与える情報でコメントや感想とは違います。
フィードバックには「総括的フィードバック」と「形成的フィードバック」があります。
総括的フィードバックは、あるまとまった期間のあとに出る結果(総括的評価)受け取ったあとにもらうものです。まとまった期間のあとに出る結果の例として、以下のようなものがあります。
・通知表
・資格試験や模擬テストの結果
・スポーツなどの大会の結果
これらをもらった後に先生と面談したりコーチと話したりすると、それが総括的フィードバックになります。また、資格試験や模擬テストの結果と一緒に書かれている分析やアドバイスなども総括的フィードバックになります(ただ最終的な期限をいつにするかによって、これらは形成的評価&フィードバックになる場合もあります)。
形成的フィードバックは、最終的な結果が出るまでの間、つまり学習の途中での確認(形成的評価)を受け取ったあとにもらうものです。その例として、
・授業での確認テスト、小テスト
・宿題の答え合わせ
・練習試合の結果
・練習中のタイムやパフォーマンスのチェック
などがあります。このような途中での確認や評価をもとにして「目標達成のためにこのあとどうしたらよいか」という話が形成的フィードバックです。
形成的フィードバックは毎日の授業や練習の中で受け取るものなので、総括的フィードバックに比べて、間隔が短く回数が多くなります。
フィードバックと聞くと、誰かにフィードバックしたり、人からもらったりするイメージがあるかもしれませんが、コツがわかると、自分が自分にフィードバックできるようになります。
ここでは前者、つまり先生や友達、先輩、親、兄弟などが誰かにフィードバックしたり、彼らから受け取ったりするフィードバックを中心にお話します。
1.形成的フィードバックの3つの要素
形成的フィードバックをするとき、3つのことを意識する必要があります。
1.目標
2.目標に対する現状
3.目標達成の方法
この3つは、自己調整学習サイクルの中で確認する内容とほぼ同じものです。「自己調整」「やる気」「 形成的フィードバック」は密接に関わっています。
2.形成的フィードバックの利点
形成的フィードバックには、主に次の3つの利点があります。
① ゴールまでにすべき内容や量に対する不透明さをなくす
「夢が叶うまで、目標達成まで、あとどれぐらい努力したらいいんだろう」と、先が見えないことに不安になったり、気が重くなることがあります。
目標に向かって進もうと思っていても、「まだたくさんいろいろしなくてはいけない」という漠然とした気持ちを感じるとやる気がなくなり、途中でやめてしまいたくなるということも起こってしまいますね。
形成的フィードバックは目標に向かう途中で受けるので、この先しなければならないことや、必要な時間などを想定することができます。よって、これから先に対して漠然とした負担感や不透明さが減り、やる気に良い影響があります。
② 学習や練習の良いペースがわかる
やるべきことがわかって、「よし!」と頑張るのは良いことなのですが、頑張りすぎると自分の許容をオーバーしたり、早くに疲れたりすることもあります。
①で伝えたように、形成的フィードバックは、目標に向かう途中でこの先のことを案内してくれるので、心や気持ちにゆとりを持ち、やる気を調整し、良いペースで物事に取り組むことができます。
③ 途中でやり方を修正できる
一生懸命やってきたのに結果がでなかったときほど、ガッカリすることはありません。でも、これはよくあることかもしれません。私にも経験があります。このようなとき、やり方が効率的または効果的ではなかったということが多いようです。
その一つの事例をお話をします。 英語を数年勉強しているけれど苦手という約100名の学習者にアンケートを行ったところ、ほとんど人が「それなりの時間、英語学習をしてきた」と思っていることがわかりました。そして、その多くの人が同じ方法をとってきたこともわかりました。
彼らは、英語学習=単語を覚えることだと考えていて、単語帳を見たり、書いたりすることに時間を費やしていました。さらに、彼らの多くが「なかなか点数が上がらなくても、やり方を変えようと思わなかったし、そういうアドバイスを聞くこともなかった」と答えました。
何かうまくいかないことがあるとき、「自分にはできないんだ」と能力のせいにするのではなく、やり方を変えてやってみるというのは自己調整でとても大事なことです。
そのようなときに形成的フィードバックがあると、取り組みの途中で方法を変えたり、軌道修正したりしやすくなります。
3.形成的フィードバックの手法
形成的フィードバックは、「目標」「目標に対する現状」「目標達成の方法」を中心として、「目標までのギャップを埋めるために、考え方や行動を変えることを意図して与える情報」です。「あなたの目標は〇〇で、今はこんな感じですね。頑張りましょう。」という確認や激励だけで終わらないようにします。
形成的フィードバックをするときのポイントは、以下の4つです。
① 目指すものに対して、「いつ、どのような状態・状況になっていたら良いと言えるのか」はっきりと理解 させる
目標というと最終的な目標を立てることが多いと思います。例えば「○○の試験に合格する」や「50mを7秒で走れるようになる」などです。それはそれで良いのですが、自己調整サイクルを回しながら確実に最終目標に近づくためには、最終目標にまでにクリアしていく必要があるスモールステップ、小さい目標もある方がよいです。

そして、その小さい目標の1つ1つにおいて、どのような状態・状況になったら良い状態・状況と言えるのか、そのイメージをはっきり持たせるのが大事です。そうすることで、学習者は、具体的なイメージを目指して進むことができるからです。
具体的なイメージや理想形を示すことなく、「ある程度、こちらの思うような形に仕上げてきてほしい」と期待するのは、生徒や学生には難しい場合があります。
イメージをはっきり持たせるには、口頭で伝えるだけでは弱い場合があります。デモンストレーションしたり、良いとされる状態の写真やイラスト、レポート、動画などを見せたりなど、生徒や学生がきちんとイメージを持てるようにしましょう。
以前、学生と課外活動をしたときに、「使った道具を片付けておいてね」と頼んだことがありました。元の場所に戻してはくれたのですが、バラバラに置かれていました。そこで次のときは、最初に、道具がある棚の前で「最後はこういうふうに片付けておいてね」と伝えました。すると、一人がその写真を撮り、帰る時には最初と全く同じように置かれていました。
些細な日常の1コマのことですが、叱ったり口うるさく言ったりしなくても、目指すべき状態や状況をきちんと伝えることが、行動の変化に繋がることを感じた出来事でした。
帰り際にきれいに置かれた道具を見て、「こんなにきれいにしてくれてありがとう!最初に写真を撮っていたね。忘れない良い方法だね。と声をかけると、照れ笑いをしながら「いやいや、当たり前ですよ。良かったです。前回は気づかずにすみませんでした」と言っていました。その後は、何も言わなくてもいつも元通りになりました。
そのようなこともあり、私は何か課題を出すときは、提出(や発表)する段階での良い例や悪い例を学生に示すようにしています。英語の音読の悪い例を演じると笑いが起こって恥ずかしいときもありますが、それをするとしないでは、学生の出来に大きな差が生まれます。
『How learning works』 の著者 Ambrose先生は、「教師の指示の出し方・伝え方は、学生の学びや行動に大きなインパクトがある」と言っています。形成的フィードバックでは、特に気に留めることだと思います。
それぞれのスモールステップで、「こうなっていたら」「これができるようになっていたら」という具体的なイメージを持てると、生徒や学生は 「じゃぁ、そのためにどうしたらよいか」「何が必要か」ということを考えやすくなります。
② 対話をして、学習者本人に決めさせる
苦手な分野や未経験のことで、効果的な目標やスモールステップ、やり方などを考えるのは簡単ではありません。そこで形成的フィードバックを通して、学習者と対話しながらサポートすることが大事になります。
さて、教師や大人から見たら、明らかに「こうしたほうが良い」と思うことがあります。しかし、最初からそう言うと、多くの子供・学生は「言われたからやった」というスタンスになってしまいます。これは彼らの「自分から」という気持ちを削いでしまい、やる気にもマイナスの影響があります。
よって、まずは生徒や学生自身に目標ややり方を考えることを促します。そして、それらを見ながら「どうしてこの目標を設定したのか」や「どうしてこの方法をとるのか」など対話しながら、一般的、客観的に効果的な方法をアドバイスします。
ただ、アドバイスはしても、どういう目標にするか、どういうやり方をするかを最終的に決めるのは学習者自身となるよう徹底することが、自己調整ややる気を育てるためには大切です。
もし、学習者が教師や大人のアドバイスに納得していない様子のときは、次のフィードバックを与えるまで思うようにさせてみるとよいでしょう。それでうまくいっていればOKですし、いまいちのときは、その時にあらためてその原因を話し、フィードバックをしながらの対話をします。
私の経験では、学習者が決めた方法がうまくいくことが意外とあります。私としては、長年の経験をもとに「この方がいいのに」と思うのですが、決してそうではないのです。実際、とても時間がかかりそうな方法をとる学生がいて心配をするのですが、ちゃんと合格するのです。
そのようなことがある度に、「自分で」決めてやっているという動機づけのパワーは大きいのだと思います。そしてその度に、教科の内容を教えるだけでなく、何かに向かう気持ち・やる気が整うサポートをすることも教師の役目の一つだと感じています。
③ 動機づけや自己評価が高まることを見つけて伝える
苦手意識を持っている生徒や学生は、自信のなさからできるようになったことや変化したことに気づかないことがよくあります。できない部分ばかりを見て「やっぱり自分には無理だ」と思いがちです。
このようなことを防ぐためにも、形成的フィードバックの機会が定期的にあると良いと思います。 何事でも、点数や記録といった見える成果が出るまでは時間がかかりますが、少しずつでも改善しようとやっていれば、何らかの変化は生じるものです。
前に間違えたことや言えなかったことができるようになったり、ノートのまとめ方が変わったり、質問するようになったりなどです。ただこれらはテストの点数や記録といった大きな結果ではなく小さい変化ため、やっている本人が気づくのは難しいことです。
そういうときに客観的に気づいてもらい、「前はこうだったけど、今はこうだね」「なんか練習のやり方変えた?いいと思うよ」という声掛けをもらえば、「あ、そうなんだ」と確認するとともに「これでいいんだ」という安心感を感じることができます。そして、次第に自信ややる気が向上し、結果、最終的な目標に近づいていく流れに乗っていきます。
大きな変化や伸びがあったときは、もちろんそれに見合うたくさんの褒め言葉を伝えます。ただ、そのときも気をつけたいのは、結果だけに言及するのではなく、「ここまでどういうことをやったのか」というプロセスについて聞き「だから、この結果になった」と認識させることが大事です。
④ 目標までのギャップが縮まっているのかどうか、確認できる機会を与える
フィードバックを通して考えた学習や練習の方法の効果を試す機会を作りましょう。小さい達成感や成長を感じることが、やる気や自信の高まりに繋がるからです。この機会は、できればフィードバックから1週間~1ヶ月以内にあるといいです。
また、この場合の「機会」については、ペーパーテストを作ったり、個別に面談のように時間を取って確認したりする必要はありません(もちろん、そのような方法もOKです)。
例えば、学習範囲や挑戦することになっている対象の中の重要ポイントだけを問うたり、確認したりするだけでも効果はあります。重要ポイントがうまくできないということがわかれば、学習(練習)する順番が効果的でなかったり、重要点を掴んでなかったりすることになるので、新たなフィードバックを与えることができます。
ほかにも、例えば英単語の勉強について、計画通りに進んでいればx番あたりはすでに終わっているということを想定して、x番前後の単語を数個だけ聞いてみるような例もあります。ある程度答えられたら、順調に進んでいることがわかりますし、「え、それしたかなぁ。えぇと」という様子なら、計画通りに進んでいないか、覚え方が合っていないかという見当をつけてフィードバックをすることができます。
うまくできているときは「いい感じでやっているね」「がんばっているね、うれしいよ」「それだけできれば、いい方法でやっているということだよ。その調子で続けよう」など、生徒や学生が「自分のやり方でよかったんだ」と安心する声掛けをしてあげましょう。
私は、この確認は気になる学生には廊下ですれ違ったり、学内売店で会ったりしたときにすることもあります。売店で会ったときの例を示します。
私:あら、Aさん、こんにちは。お昼ご飯を買いに?
A:はい、何にしようかなと。先生は今日のお昼は何にするんですか?
私:ん-、このパスタにしようかなぁと考えていたところ。。
A:いいっすね。
私:あ、そういえば、この前の課題どう?困ってることない?
A:発音のやつですね。今、半分ぐらいは練習したっす。
私:おー、順調だね。じゃあ、もう t が脱落するところは終わった?
A:はい、あれですよね、ninty 、Interstate とかが出ていたところ。
私:そうそう。パッと出るなんてすごいじゃん。いい感じね。よかった。じゃぁ、また授業でね。
A:はい、失礼します。
この会話の目的は、学生が計画通りに練習を進められるようサポートすることと達成感や満足感のようなポジティブな感情を持たせることでした。
学生の「半分ぐらいは終わった」という言葉を聞いて、おそらくt の脱落の練習は終わっていると考え、また学生の表情を見るにしっかりやっていると思ったので、具体的な反応を得るためにあえて「 t の脱落が終わったか」を聞きました。
「ninty 、 Interstate とかが出ていたところ」という話すとき、学生は少し得意気な表情でした。それを認めてあげることで、さらに進むポジティブな感情にドライブがかかります。
形成的フィードバックの役目は、最終的な結果が出る前に、または変化がないままたくさんの時間が過ぎてしまう前に、生徒や学習者が軌道修正を図れるようにすることです。
最初に書いたように、必要な時に必要なフィードバックを自分で自分に出すことができる人もいますが、生徒や学生が、苦手なことやあまり経験のないことに挑戦する場合は、コツをつかむまで対話しながら形成的フィードバックの考え方を周りの大人が代行して、サポートできる環境があれば好ましいと思います。
大変に聞こえるかもしれません。実際に、講演会や学会発表でこのような話をすると、「なかなかそんな時間をとれないですし、一人の生徒にそんなに時間をかけることは難しいです」という意見を頂くことがあります。
確かに、最初は多少の時間がかかるかもしれません。しかしながら、数回、対話をしながらフィードバックをしていくと、生徒や学生がだんだんコツを掴んできます。しばらくすると、フィードバックのときに、教師がフィードバックを切り出す前に、彼ら自身が自分で自分に必要なフィードバックを言うようになっていきます。
そうなると、教師の役割は「フィードバックの代行」から、彼らのフィードバックの確認と承認による「自己効力感の引き上げ」に変わり、個別に割く時間は大幅に減ります。
下の図は、形成的フィードバックの役割と自己調整学習の進展の関係を表したものです。生徒や学生が自己調整をだんだんできるようになるにつれて、形成的フィードバックの内容が変わっていくことを示しています。

年齢や過去の学習履歴によって、進展のスピードもパターンもいろいろあります。しかしながら、形成的フィードバックをもらうことで、生徒や学生は自己調整のコツをつかんでいきます。ずっと最初の状態のまま変わらないことはありません。その進展に合わせて、与える側は形成的フィードバックの内容も変わる必要があることを理解しておくことが大事です。
いつまでも最初と同じようなスタンスでは、生徒や学生がうるさく思い始めたり、場合によってはやらされている感を覚えたりしてしまいます。
彼らに「自分から」「自分で」という姿勢が見られたら、それをきちんと尊重し、彼らが次のステップに進むことができるフィードバックを与えることが自己調整を進めるカギになります。