新着情報【共同リリース】コケの胞子、宇宙でも生き延びる
ニュースリリース
2025.11.21
~持続可能な宇宙居住への第一歩~
ポイント
- 宇宙でも生き延びたコケ:国際宇宙ステーション(ISS)船外で9か月間の曝露後も生存を確認。
- 極限環境耐性の鍵は「胞子」:紫外線、極低温、真空下でも胞子の高い生存率を確認。
- 月・火星での生態系構築に貢献:植物生産や生命維持技術への応用に期待。
概要
北海道大学大学院生命科学院のメンチャンヒョン博士研究員、同大学大学院理学研究院の藤田知道教授、宮城大学の日渡祐二教授、中村恵太博士課程学生、九州大学の松田 修助教、久米 篤教授、福岡工業大学の三田 肇教授、筑波大学生命環境系の富田・横谷香織講師(研究当時)、東京薬科大学の横堀伸一准教授、山岸明彦名誉教授からなる研究グループは、モデルコケ植物「ヒメツリガネゴケ」の胞子(種子植物の「種子」に相当する生殖構造体)が実際の宇宙空間で長期間生存できることを世界で初めて実証しました。
国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟に設置された船外実験装置を用いてヒメツリガネゴケの胞子を含む胞子体(sporophyte)*1を約9か月間宇宙空間に曝露しました。地上に回収後、発芽試験を行った結果、80%以上の胞子が正常に発芽することが明らかになりました。
これは、コケ植物の胞子が実際の宇宙環境で生存し得ることを示した世界初の報告であり、今後、持続可能な宇宙生態系の構築や生物を利用した生命維持システム(BLSS:Bioregenerative Life Support System)*2の開発に向けた新たな可能性を拓くものと期待されます。
なお、本研究成果は、2025年11月21日(金)公開のiScience誌(セル・プレス刊行)にオンライン掲載されました。
背景
持続可能な宇宙居住を実現するには、過酷な極限環境下でも生存できる生物を利用した生態系を構築することが不可欠です。植物は酸素の供給や炭素固定など生命維持に欠かせない役割を担っていますが、宇宙空間という実環境で植物が生存できるかどうかは、これまでほとんど明らかにされていませんでした。
コケ植物は約5億年前に初めて陸上に進出した植物であり、乾燥や紫外線、極端な温度変化といった過酷な環境に対する高い耐性を進化させてきました。そのため、研究グループはコケを地球外環境での生存能力を評価する理想的なモデル生物と位置付け、その宇宙利用の可能性に注目してきました。しかし、従来の宇宙空間曝露実験は主に種子植物を対象としており、コケ植物についての実宇宙環境下でのデータはほとんど得られていませんでした。
本研究では、この未解明の空白を埋めるため、地上での耐性試験とISSでの実宇宙曝露実験を組み合わせてコケの胞子の生存能力を検証し、将来的な宇宙生態系構築への応用可能性を探りました。
コケ植物は約5億年前に初めて陸上に進出した植物であり、乾燥や紫外線、極端な温度変化といった過酷な環境に対する高い耐性を進化させてきました。そのため、研究グループはコケを地球外環境での生存能力を評価する理想的なモデル生物と位置付け、その宇宙利用の可能性に注目してきました。しかし、従来の宇宙空間曝露実験は主に種子植物を対象としており、コケ植物についての実宇宙環境下でのデータはほとんど得られていませんでした。
本研究では、この未解明の空白を埋めるため、地上での耐性試験とISSでの実宇宙曝露実験を組み合わせてコケの胞子の生存能力を検証し、将来的な宇宙生態系構築への応用可能性を探りました。
研究手法
研究グループは、ヒメツリガネゴケの3種類の組織(原糸体(protonema)*3、ストレス耐性細胞(brood cell)*4、胞子)を対象に、それぞれの極限環境下での耐性を比較しました。各組織に紫外線(UV―C)、極低温(-80℃)、高温(55℃)、真空状態といった過酷な条件を与え、その生存性を評価しました。その結果、他の組織に比べて胞子が特に高い耐性を示したため、次に胞子を用いた実際の宇宙曝露実験を行いました。
宇宙曝露実験は、日本の「たんぽぽ(Tanpopo)4」ミッションの一環として実施されました(図1)。JAXAが開発し、ISSの「きぼう」日本実験棟にある船外実験プラットフォームに設置された中型曝露実験アダプタ(i-SEEP)上の簡易曝露実験ブラケット(ExBAS)に、乾燥状態のヒメツリガネゴケの胞子体を滅菌アルミプレート上で固定して搭載しました(図2-4)。そして、真空、微小重力、宇宙放射線、紫外線、極端な温度変動などで特徴づけられる宇宙空間環境に約9か月間曝露しました。
曝露期間終了後、試料は帰還カプセルによって地上へ回収され、発芽率を中心に解析が行われました。また、宇宙での曝露と並行して、地上でも真空や紫外線、温度変化など同様の条件を再現した対照実験を実施し、宇宙環境がコケ胞子に与える影響を比較評価しました。
宇宙曝露実験は、日本の「たんぽぽ(Tanpopo)4」ミッションの一環として実施されました(図1)。JAXAが開発し、ISSの「きぼう」日本実験棟にある船外実験プラットフォームに設置された中型曝露実験アダプタ(i-SEEP)上の簡易曝露実験ブラケット(ExBAS)に、乾燥状態のヒメツリガネゴケの胞子体を滅菌アルミプレート上で固定して搭載しました(図2-4)。そして、真空、微小重力、宇宙放射線、紫外線、極端な温度変動などで特徴づけられる宇宙空間環境に約9か月間曝露しました。
曝露期間終了後、試料は帰還カプセルによって地上へ回収され、発芽率を中心に解析が行われました。また、宇宙での曝露と並行して、地上でも真空や紫外線、温度変化など同様の条件を再現した対照実験を実施し、宇宙環境がコケ胞子に与える影響を比較評価しました。
研究成果
本研究により、ヒメツリガネゴケの胞子が実際の宇宙環境下でも長期間生存できることが確認されました。ISSの船外に約9か月間曝露された胞子は、地上に回収後、80%以上が正常に発芽しました。
今回の成果は、コケ植物が宇宙空間の真空、宇宙放射線、微小重力、極端な温度変動といった過酷な環境を耐え抜き、生存できることを実験的に証明した初めての重要な成果です。特に、コケの胞子は種子植物の種子に相当する生殖構造体であり、本研究により「コケの種子」が実際の宇宙空間で生存可能であることが初めて明らかになりました。すなわち、コケは単なる地上のモデル植物にとどまらず、宇宙環境下でも生命を維持できる生物学的システムとして機能し得る可能性を示唆するものです。
さらに、本発見は、植物が宇宙空間で生存し得る生理的・物理的限界について新たな知見をもたらすとともに、将来的には宇宙生態系の構築及び長期宇宙滞在に向けた生物ベースの生命維持システム(BLSS)開発の基盤となることが期待されます。
今回の成果は、コケ植物が宇宙空間の真空、宇宙放射線、微小重力、極端な温度変動といった過酷な環境を耐え抜き、生存できることを実験的に証明した初めての重要な成果です。特に、コケの胞子は種子植物の種子に相当する生殖構造体であり、本研究により「コケの種子」が実際の宇宙空間で生存可能であることが初めて明らかになりました。すなわち、コケは単なる地上のモデル植物にとどまらず、宇宙環境下でも生命を維持できる生物学的システムとして機能し得る可能性を示唆するものです。
さらに、本発見は、植物が宇宙空間で生存し得る生理的・物理的限界について新たな知見をもたらすとともに、将来的には宇宙生態系の構築及び長期宇宙滞在に向けた生物ベースの生命維持システム(BLSS)開発の基盤となることが期待されます。
今後への期待
本研究の成果は単に「コケが宇宙で生き残った」という事実にとどまらず、月や火星などの地球外の宇宙環境での生態系構築を視野に入れた生物学的基盤技術となりうる可能性を示しています。
特にコケ植物は構造が単純で環境適応力が高く、水や栄養分の要求量も少ないため、月・火星のレゴリス(模擬土砂)上での植物育成実験や将来的な宇宙農業・生態系形成研究において極めて有望な生物資源です。
今後は、本実験で得られたデータをもとに、コケの宇宙放射線耐性や長期生存メカニズムの解明に加え、月・火星での閉鎖循環型生命維持システム(BLSS)構築を目指した研究を拡張していく予定です。最終的に、本研究は人類が「持続可能な宇宙居住」へと踏み出すための科学的マイルストーンであり、宇宙農業や惑星保護の新たな展開につながると期待されます。
研究グループは、この成果が地球から遠く離れた宇宙空間における生命の可能性を実証するだけでなく、将来の月や火星での生態系構築、そして人類の持続的な宇宙居住に向けた重要な一歩になると考えています。「コケが“宇宙のパイオニア”となる日が、現実にまた一歩近づいた」と期待しています。
特にコケ植物は構造が単純で環境適応力が高く、水や栄養分の要求量も少ないため、月・火星のレゴリス(模擬土砂)上での植物育成実験や将来的な宇宙農業・生態系形成研究において極めて有望な生物資源です。
今後は、本実験で得られたデータをもとに、コケの宇宙放射線耐性や長期生存メカニズムの解明に加え、月・火星での閉鎖循環型生命維持システム(BLSS)構築を目指した研究を拡張していく予定です。最終的に、本研究は人類が「持続可能な宇宙居住」へと踏み出すための科学的マイルストーンであり、宇宙農業や惑星保護の新たな展開につながると期待されます。
研究グループは、この成果が地球から遠く離れた宇宙空間における生命の可能性を実証するだけでなく、将来の月や火星での生態系構築、そして人類の持続的な宇宙居住に向けた重要な一歩になると考えています。「コケが“宇宙のパイオニア”となる日が、現実にまた一歩近づいた」と期待しています。
謝辞
本研究は、北海道大学DX Scholarship(JST SPRING、Grant Number JPMJSP2119)、日本学術振興会 科研費(JP25H01374、JP23K17390、JP21K19272)、及び自然科学研究機構 アストロバイオロジーセンター(AB032001、AB042003)の支援を受けて実施されました。
本研究の遂行にあたり、試料ホルダーの製作で北海道大学大学院理学研究院の佐々木康隆氏にご協力いただきました。また、胞子体の培養にご尽力いただいた宮城大学の小針寛乃氏、真空紫外線(VUV)実験を担当いただいた福岡工業大学の高橋清楓氏、シアノバクテリア由来のESをご提供いただいた筑波大学のオン 碧博士にも深く感謝いたします。さらに、本実験の円滑な実施にご尽力くださったタンポポプロジェクトチームの安部智子博士、加藤 浩博士、木村駿太博士、小林憲正博士、橋本博文博士、別所義隆博士、矢野 創博士に心より感謝申し上げます。
論文情報
| 論文名 | Extreme Environmental Tolerance and Space Survivability of the Moss, Physcomitrium patens (ヒメツリガネゴケの極限環境耐性と宇宙空間での生存性) |
|---|---|
| 著者名 | Chang-hyun Maeng1、日渡祐二2、中村恵太3、松田 修4、三田 肇5、富田・横谷香織6、横堀伸一7、山岸明彦7、久米 篤8、藤田知道9(1北海道大学大学院生命科学院、2宮城大学食産業学群、3宮城大学大学院食産業学研究科、4九州大学大学院理学研究院、5福岡工業大学生命環境化学科、6筑波大学生命環境系、7東京薬科大学生命科学部、8九州大学大学院農学硏究院、9北海道大学大学院理学研究院) |
| 雑誌名 | iScience(セル・プレス刊行の学際科学誌) |
| DOI | 10.1016/j.isci.2025.113827 |
| 公表日 | 2025年11月21日(金)(オンライン公開) |
お問い合わせ先
北海道大学大学院理学研究院 教授 藤田知道(ふじたともみち)
TEL 011-706-2740 メール tfujita@sci.hokudai.ac.jp
URL https://keitai1.sci.hokudai.ac.jp
配信元
北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)TEL 011-706-2610 FAX 011-706-2092 メール jp-press@general.hokudai.ac.jp
宮城大学事務局企画・入試課(〒981-3298 黒川郡大和町学苑1-1)
TEL 022-377-8217 FAX 022-377-8282 メール kouhou@myu.ac.jp
九州大学広報課(〒819-0395 福岡市西区元岡744)
TEL 092-802-2130 FAX 092-802-2139 メール koho@jimu.kyushu-u.ac.jp
福岡工業大学入試広報部入試広報課(〒811-0295 福岡市東区和白東3丁目30-1)
TEL 092-606-0607 FAX 092-606-7357 メール nkouhou@fit.ac.jp
筑波大学広報局(〒305-8577 つくば市天王台1-1-1)
TEL 029-853-2040 FAX 029-853-2014 メール kohositu@un.tsukuba.ac.jp
東京薬科大学入試・広報センター(〒192-0392 八王子市堀之内1432-1)
TEL 042-676-4921 FAX 042-676-8961 メール kouhouka@toyaku.ac.jp
参考図
用語解説
*1 胞子体(sporophyte) … コケ植物の生活環のうち、受精後に形成される二倍体(2n)の世代。茎の先端に形成される蒴(さく、sporangium)の中に減数分裂により作られた多数の胞子(一倍体=1n)を含み、成熟すると胞子を放出して次の世代を生じる。今回の研究では、この胞子体をまるごと宇宙空間に曝露して耐性を調べた。
*2 BLSS(Bioregenerative Life Support System) … 生物再生型生命維持システムのこと。植物や微生物など生物の働きを利用して、酸素の供給、二酸化炭素の除去、水や栄養の再生、食料の生産を行う閉鎖循環型の生命維持装置。宇宙船や月・火星基地などでの長期滞在を可能にする基盤技術として注目されている。
*3 原糸体(protonema) … 胞子が発芽した直後に糸状に伸びるコケの幼体部分のこと。コケ植物体の基盤となり、やがて茎葉体を形成する。
*4 ストレス耐性細胞(brood cell) … 乾燥などの厳しい環境で生き残るために、原糸体上に形成される特殊な構造を持つ耐性細胞のこと。英語では brood cell と呼ばれる。通常の原糸体細胞よりも細胞壁が厚く、代謝が抑制された状態で長期生存できる。
*2 BLSS(Bioregenerative Life Support System) … 生物再生型生命維持システムのこと。植物や微生物など生物の働きを利用して、酸素の供給、二酸化炭素の除去、水や栄養の再生、食料の生産を行う閉鎖循環型の生命維持装置。宇宙船や月・火星基地などでの長期滞在を可能にする基盤技術として注目されている。
*3 原糸体(protonema) … 胞子が発芽した直後に糸状に伸びるコケの幼体部分のこと。コケ植物体の基盤となり、やがて茎葉体を形成する。
*4 ストレス耐性細胞(brood cell) … 乾燥などの厳しい環境で生き残るために、原糸体上に形成される特殊な構造を持つ耐性細胞のこと。英語では brood cell と呼ばれる。通常の原糸体細胞よりも細胞壁が厚く、代謝が抑制された状態で長期生存できる。